企業価値を高める戦略的な投資家エンゲージメント – 第1回成長ストーリーのエッセンス
次の課題は成長期待の醸成
東証が所謂「PBR1倍割れ」問題を提起してから3年強、多くの日本企業で資本効率の改善が進んできた。2020年にはTOPIX500構成企業の約半数がPBR1倍割れであったが、足元では3割を切る水準まで低下した。こうした中、投資家の期待も次の段階に向かいつつあり、企業にはさらなる企業価値向上が期待されている。多くの企業では、これまでバランスシートの規律を高めることで資本効率の向上を図ってきたが、企業価値をさらに向上させるためには、市場からの成長期待を醸成し、株価収益率(PER)を高める施策も不可欠である。しかし、この成長ストーリーの伝達において、多くの企業が苦労を抱えている。
では、投資家は企業に如何なる情報発信を求めているのか。本稿では、当社が2025年末に実施した投資家サーベイを手がかりに、そのヒントを探りたい*1。本調査では、米国に拠点を構える機関投資家に属するアナリストおよびポートフォリオマネージャー100名(内訳はロング・オンリー50名、ロング・ショート50名)に対し、投資判断において最も重視する情報(源)や経営陣への信頼を獲得または毀損する要因等についてヒアリングを行った。その結果、投資家が企業のトップに対して、自社の「強み」やビジョン実現に向けた進捗等を力強く語ることを期待していることが明らかになった。また、投資家の間でもAIの活用が急速に普及する中で、企業の情報発信の在り方が変化を求められていることも明らかになった。
自社の成長ストーリーを伝えられているか?
今回の調査でまず浮き彫りになったのは、企業の成長ストーリーに対する投資家の期待が、多くの場合において、十分に満たされていない現実である。回答者が投資を検討した企業のうち、「(ファンダメンタルの業績にこだわらず)長期的な投資を促すストーリーを、説得力を持って語っている」との評価を受けた企業の割合は、47%にとどまった。ロング・オンリー投資家に限れば、その割合は42%にまで低下する(図1)。
[図1:(投資を検討した企業は)長期的な投資を促すストーリーを、説得力を持って語っているか?]

投資家は、企業が何を強みに競争に勝ち抜こうとしているのか、その実現に向けてどのようなビジョンを描いているのか、そしてビジョンを裏付ける戦略や実績があるのかを把握したい。今回の調査においても、成長ストーリーに不可欠な構成要素として、「競争優位」(61%)、「長期ビジョン」(54%)、「実績」(36%)、そして「企業戦略」(34%)等が挙げられた*2。しかし、これらが効果的に伝達されているかという問いへの評価には、ばらつきが見られる。投資家が最も重視する競争優位については、「効果的に伝達されている」との評価は27%にとどまっており、企業の発信と投資家の認識との間に顕著なギャップがある(図2)。
[図2:企業の成長性に確信を持つ上で重要な要素は何か?]

当社の経験上、日本企業の間でも同様のギャップが見られる。日本企業がエクイティ・ストーリーを伝える手段の1つとして中期経営計画があるが、多くの場合において、情報量は豊富である一方、コアとなるメッセージが埋もれてしまっている。特に、戦略策定のプロセスにおいて、経営企画部門が大局的な方向性を示せず、事業部門からのボトムアップでの積み上げに依拠している場合、総花的な内容に陥りやすい。その結果、「今後3年から5年で何に注力し、どこで勝負するのか」という戦略の焦点が不明確となる。
総花的な戦略が企業価値向上の制約となるのは、投資家との関係にとどまらない。従業員にとっても、経営の意図が解しにくくなる。本来、中期経営計画は外部に対する説明資料であると同時に、社内における意思決定と行動の指針でもある。しかし、戦略の焦点が曖昧で、複数の施策が並列的に提示されるだけでは、従業員にとって「何が最も重要なのか」「どこに経営資源を集中すべきなのか」が見えにくい。その結果、各部門が従来の延長線上で個別最適の行動を取り続け、全社としての戦略的な一体感が生まれにくくなる。「従業員の自社戦略に対する理解がなかなか浸透しない」という悩みは多くの企業で耳にする。
カギは実績と「強み」への集中
成長ストーリーに関心を持った投資家が、企業価値を見定める際に重視するのは実績と強みである。当社調査では、バリュエーションに影響を与える材料として、まず「現実的なガイダンスの開示と規律ある実行」が挙げられた。加えて、「成長ドライバーおよび実行能力の明確化」「測定可能な長期的な業績目標および進捗の開示」、さらには「資本配分の明確な優先順位付け」が続く(図3)。単なるビジョン提示にとどまらず、実行力と透明性、そして資本効率に対する明確な姿勢が、企業価値への評価を左右していることが示唆される。
[図3:バリュエーションを高めるために企業に期待する行動は何か?]

中でも、「現実的なガイダンスの開示と規律ある実行」は、投資家との信頼関係を構築する上での基盤である。一部の企業では(従業員にストレッチを課す等の意図から)野心的な目標を掲げる一方、未達が続くケースが見られるが、こうした企業は投資家の信頼を損ない、ディスカウント要因となり得る。重要なのは、過度な期待を煽ることではなく、達成可能性の高い目標を提示し、それを着実に積み上げていくことである。こうした積み重ねが経営の信頼性を高め、結果としてバリュエーションの下支えにつながる。
その上で、特にロング・オンリーの投資家が強い関心を寄せるのが、「成長ドライバーおよび実行能力の明確化」である。すなわち、企業がどの領域で、どのような競争優位をもって成長していくのか、その解像度の高さが問われている。単に市場の成長性に依拠するのではなく、自社固有の強みがどのように収益拡大につながるのか、そしてその強みが持続可能であるのかを、具体的かつ説得力を持って示す必要がある。
投資家は、企業の成長がどの事業から生まれ、どのような資本配分によって実現されるのかも注視している。したがって、優先順位が明確な資本配分は、企業価値向上に向けたコミュニケーションにおいて重要な要素となる。海外投資家の間では、自社の強みに紐づく領域に経営資源を集中させる企業が高く評価される傾向がある。もちろん、企業の持続的成長を実現するために、多角化そのものが否定されるべきではないが、既存の「強み」との関連性が薄い領域への多角化については、投資家の理解を得ることは難しい。
次回は、投資家が重要視する情報(源)について概説する。AI活用が浸透する中で、投資家による情報収集の在り方も変化しており、企業側も工夫が求められている。こうした変化も概観しながら、AI時代におけるエンゲージメントの在り方について、示唆を導き出したい。
*1 『2026 U.S.INVESTOR SURVEY』(ブランズウィック・グループ、2026年1月発行)詳細については、当社ウェブサイトをご参照。
*2成長ストーリーの構成要素を重要性に即して順位付けの上、上位2位以内に挙げた回答者の割合。例えば、回答者の61%が「競争優位」が(与えられた選択肢の中で)「最も重要」または「2番目に重要」と回答した。
なお、本稿はパートナーの福岡侑希が日本CFO協会発行のオンラインマガジン『CFO FORUM』に寄稿した記事を転載したものである。
筆者・福岡侑希の略歴はこちらからご覧いただけます。