企業価値を高めるガバナンス ―「実質」を語り、その礎となる「信頼」を築く
日本企業を取り巻くコーポレート・ガバナンスの環境は、この10年余りで大きく変化してきた。スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードの導入を経て、取締役会の独立性や多様性をはじめ、企業に求められるガバナンスの水準は着実に高まっている。
こうした制度や形式の整備が進む中、今後さらに重要になるのは、ガバナンスが企業価値の向上にどのように機能しているかという「実質」を語ることである。ガバナンスの本来の目的は、一定の「型」を満たすことではなく、企業が持続的に競争優位性を維持し、中長期的な企業価値を高めていくための経営を支えることにある。その実効性を高める上で欠かせないのが、経営陣、社外取締役、投資家をはじめとする社内外のステークホルダーの間に築かれる「信頼」である。
ガバナンスは「目的」ではなく「手段」
独立社外取締役の人数や比率、取締役会の多様性は重要な要素であるが、企業によってビジネスモデルや競争環境、成長ステージは異なり、最適なガバナンスのあり方も一律ではない。
重要なのは、その企業がどのような価値を生み出そうとしているのか、そのためにどのような経営戦略を描いているのか、そして、その戦略の実行をガバナンスがどのように支えているのかを一体として捉えることである。
問われるべきなのは、「形式が整っているか」だけではなく、「その仕組みが企業価値の向上に実際に機能しているか」という点である。そのためには、制度や仕組みに加えて、経営陣と取締役会がそれぞれの役割と責任を果たし、時には厳しい意見も率直に交わせる関係を築くことが肝要である。
投資家との対話の質を高める企業と投資家の対話においても、投資家を一括りにして捉えるべきではない。投資家によって、投資の時間軸も、企業を見るアプローチも、重視する価値も異なる。
株主から示される提案や要求は、その内容や背景、投資の時間軸もさまざまである。経営に求められるのは、それぞれの意見に真摯に向き合い、自社の中長期的な企業価値向上に資するものかを見極めることである。
そのためにも、企業自身がどのように価値を創造していくのかというストーリーを明確にし、自社が目指す方向性や時間軸を伝える必要がある。こうした双方向の対話を積み重ねることは、受け身のIRを超え、自社の価値創造に対する理解を広げ、長期的な視点を共有できる株主基盤の形成につながっていく。
異なる視点を生かす関係が実質をつくる社外取締役や投資家、コンサルタントなど、企業の外部にいる人間がそれぞれの立場から価値ある役割を果たすためには、独立性や客観性を保ちながら、経営の方向性や課題について率直に議論できる関係を築くことが重要である。
適切な意思決定に必要なのは、経営の良い面だけではない。経営陣が何に悩み、どのような課題やリスクを認識しているのか。社外取締役が経営の実態を十分に理解し、必要な情報に基づいて独立した立場から議論を尽くすことで、取締役会による実効的な監督と建設的な意思決定が可能になる。
また、投資家との対話においては、適切な情報開示を前提に、経営方針や企業価値創造に対する考え方を伝え、異なる視点や問題提起にも耳を傾けることが重要である。コンサルタントなど外部のアドバイザーも、客観的な立場から時には厳しい助言を行うことで、より良い経営判断に貢献できる。
社外取締役の人数を増やすだけで、取締役会の実効性が自動的に高まるわけではない。企業と投資家との関係も、情報開示に加えて双方向の対話を深めることが重要である。制度や形式を整えるだけでなく、それぞれが異なる立場から建設的に議論できることが、ガバナンスやエンゲージメントの実効性を高めるのである。
ここでいう信頼とは、単に良好な関係を維持することでも、相手の考えに同調することでもない。互いの立場や役割を尊重し、時には異なる意見も率直に交わせる関係である。
企業価値から逆算して考える企業価値の向上に、すべての企業に共通する一つのガバナンスの「型」があるわけではない。自社がどのような価値を生み出したいのか。そのためにどのような経営戦略とガバナンスが必要なのか。そして、その実現に向けて、経営陣、取締役、投資家をはじめとする社内外のステークホルダーとどのような関係を築くべきなのか。企業価値から逆算してこれらを考えることが重要である。
経営者には、自社のガバナンスが経営戦略や企業価値の向上にどう結びついているのか、その「実質」を自らの言葉で語ることが求められる。制度や形式を整えるだけでなく、多様な視点を経営に生かし、持続的な価値創造につなげていくことこそが、これからのガバナンスに求められる姿である。筆者・江良明嗣の略歴はこちらからご覧いただけます。